猫が寝てる間に、映画でも観ましょうか。

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アニメ版で絶賛された音楽シーン 「坂道のアポロン」実写版感想④ 

—③の続き

 

物語の舞台となっている1960年代の長崎県佐世保市は、古くは旧海軍の軍港が置かれた港町であり、現在も米海軍と海上自衛隊の基地であるこの街は、米国文化をいち早く輸入してきたという意味で、この物語にうってつけの舞台でしょう。この年代といえば、英米でのロックの台頭があり、世界がまさにロックに染まろうとしていた頃。ビートルズも来日し、熱狂的に歓迎されました。また録音技術における革新の時代であり、レコードプレーヤーが一般家庭に普及し、音楽を鑑賞する環境が広まった時代でした。

さて、律子の家は、市内にあるレコード屋「ムカエレコード」。

ジャズ通の方々にも「音楽アニメ史に残る」と高い評価をされているアニメ版では、このムカエレコードそのものの描写にも細かいこだわりが見られるそうです。店内が映ると、陳列されているLPレコードのジャケットの描写はどれも非常に緻密で、ジャケットをこちらに向けて並べているレコードは全部で14枚発見できるそうですが、音楽通の方には見てすぐに分かるものばかりだそうです。マニアックに見たい方には最高ですね。いずれもジャズ史に残る名盤だそうです。

 

アニメ版をかなり詳しく解説している評論家の方の記事に、ちょうどこの時期に高校生だった村上春樹さんの著書の一節があります。

「当時ブルーノート・レコードは日本でのプレスを認めなかったので輸入盤でしか手に入らず、値段は2800円もした(1ドル=360円だった)。なにしろコーヒーが60円で飲めた時代だから、ずいぶんな金額だ。なかなか高校生には手が出せない。だから一枚のレコードを手に入れると、心をこめて聴いた。ビクターの商標に使われている、蓄音機のラッパの中に頭を突っ込んでいる犬みたいに、文字どおり一音一音に深く耳を傾けた。ガールフレンドンドよりも大事に、とまではいかずとも、負けず劣らず大事にレコードを扱った。」

 

そして、同じ記事の中で、アニメ版製作陣の超絶なマニアックさが解説されていて、

坂道のアポロンに登場するムカエレコードのJAZZコーナーに並ぶLPレコードは、よく見ると"帯"がありません。しかし画面手前の棚にあるレコードはどれもLPの左側に帯が巻かれていますし、別カットで海軍兵が物色しているコーナーのLPにも全て帯が付けられています。CDの時代まで受け継がれた"レコードに帯をつける"という販売方法は日本独特の文化で、元々は海外からの輸入レコードを国内で販売する際に日本語の解説文を巻いたことが始まりとされています。その後、国内でプレスされるLPレコードのジャケットにはほぼ必ず帯が巻かれるようになりました。

しかし前述の通り、「ムカエレコード」では"JAZZに限って"その帯がありません。ということは、この店で販売されているJAZZのアルバムは国内盤ではなく全てアメリカから直接仕入れた輸入盤なのだろうと推測できます。Blue Noteレーベルは国内盤のプレスが認められていませんでしたが、他レーベルの国内盤にしても熱心なJAZZファンのニーズに応えられるほど数や種類が豊富ではなかったこと、また国内盤よりも海外の原盤の方が音質が良かったという品質面の事情もあって、コアなJAZZファンは専ら輸入盤を購入することの方が多かったのです。

 

すごい・・・すごすぎます。感動します。

こういう詳しい解説を読んでまたアニメ版を見ると、その魅力が増してくるでしょう。私ももう一度見返したいと思います。

そして、コーヒーが60円で飲める時代に、2800円のレコードをパッと買える薫はやっぱり「ボン」なのでしょうね(笑)

 

さて、アニメ版の監督は、音響に対するこだわりがものすごく強いという渡辺信一郎さん。アニメ業界では音へのこだわりが少ないことに不満を覚えていたらしく、「マクロスプラス」という作品で菅野よう子さんと組んだときに「音楽の付け方次第でシーンの意味合いが変わる」ことの面白さに目覚めて以来、選曲は自分の判断で行っているそうです。

菅野よう子さんは「坂道のアポロン」でも音楽プロデューサー的な役割を持ち(プロデューサーは別にいるのですが)、絶対的な信頼のもと音楽家の選考もされています。

主人公・西見薫のピアノに松永貴志さん、薫の親友・川渕千太郎のドラムに石若駿さん。どちらも菅野よう子さんが、原作の世界観に合った音楽を奏でる事が出来るアーティストという選考基準のもとに、多くの候補の中から若手音楽家を起用したそうです。松永さんは32歳、石若さんにいたってはなんとまだ25歳!!ついこの間のような2015年に、東京芸大の器楽科打楽器専攻を首席で卒業されたそうです。ですので、坂道のアポロンの千太郎としてドラム演奏したのは、大学生のときということで、年齢もすごく近いですね。

実写のところでも触れますが、現実的なところでは、千太郎が小さいころからドラムを叩いていたといってもこのレベルに達することはないでしょうから、アニメならではの楽しみ方なのだろうと思います。音楽アニメ史に残るのは、この演奏そのものもですが、プロが演奏しているところを何十台ものカメラでとらえ、編集したのちに作画したというアニメーションチームの執念ですね。

松永さんに関してですが、薫が「いつか王子様が」を律子の前で演奏した後告白する印象的なシーン(映画ではカット)では、「劇中に出てくる薫君になって、そのニュアンスを出してほしい」という注文があったそうで、プロすぎる演奏ではなく、ジャズを一生懸命練習して好きな女の子の前で緊張しながら初めて演奏する、という雰囲気を出せということなのかもしれませんが、なんと松永さんに20テイク以上の弾き直しをさせているんだそうです!

執念の大作ですね。

 

—⑤実写版の音楽に続く